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2013年7月11日 (木)

清掃奉仕

20130711

ハンパなく暑い・・・マジで暑い・・・チョー暑い( ̄Д ̄;;

どんな言い方がいいのかわからないが、とにかくでぇれぇ~暑い

こんな暑い日に、わが町の民生委員のメンバーは隣町の人たちと合流し、

車6台に分乗して、清掃奉仕をするために岡山城へ向かった

大丈夫?高齢者ばかりなのに・・・(・。・;

20130711_2

岡山城のお堀にいた白鳥たちは木々の陰に入っていた

あんたたちは水の上に居るから冷たくて気持ちいいんじゃないのぉ

可愛い白鳥にさえも八つ当たりしたくなるくらい暑い(-.-)


これから岡山城の石垣の下に立っている銅像の周りの掃除をする

なんで、わざわざこの暑いのに民生委員が来て掃除するのかと言うと

この銅像の主こそ、民生委員制度の生みの親である


「笠井信一 元岡山県知事」・・・だから・・・らしい


新米の電一郎先生は全然知りませ~んよ(#^.^#)



20130711_3

とにかく、竹ぼうきと熊手をもって必死で落ち葉を集める

あじぃぃぃぃ、汗がしたたり落ちるぅぅぅ・・・、あ゛~ダイエットしてるぅ~

小一時間ほどでおおかた片付き、小休止・・・、あ゛~お茶がうまい~


日陰に入って旭川に浮かぶ白鳥ボートの景色をぼーと眺める(^_^;)

あぁ、風が気持ちいいねぇ

しばらくして、再び掃除が始まった・・・



20130711_4

ここで、民生委員制度についてお勉強・・・(*^_^*)

 
大正51916)年5月,宮中で開催された地方長官会議の場で、
  当時の岡山県知事であった笠井信一氏は、大正天皇から
  「県下の貧民の状況はどうか」との御下問を受けた。
  笠井知事はすぐに岡山県内の貧困者の実情を調査し,悲惨な
  生活状態にある者が県民の一割に達していることが判明した。
  この事態の重大さに同知事は、日夜研究を重ね、
  ドイツのエルバーフェルト市で行われていた「救貧委員制度」を
  参考にして、大正61917)年5月、「済世顧問設置規定」を公布、
  民生委員制度の源と言われる済世顧問制度が生まれた。」
         (
資料 全国社会福祉協議会『民生委員制度40年史』

  ・・・らしい(^_^;)



20130711_5

なんとか落ち葉を集めが終わり、隣町の民生委員の皆さんと別れ、

わが町のメンバーは、岡山空港が見下ろせる山の上に向かった

こんな所に誰かの碑が建っている


「藤井静一翁之碑」


この方は、民生委員の第1号の人で、
地域扶助、生活改善を推進し

さきほどの「済世顧問制度」の創設にもかかわった人らしい

岡山には立派な人たちがいるんですねぇ

こうして、民生委員の修行ともいえる真夏の清掃奉仕が終わった

みなさん、本当にお疲れ様でしたぁ(●^o^●)


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コメント

先生

お疲れさまでしたo(^o^)

お城の入口に立っている銅像………へぇ~、そうなんだ!

岡山の偉人だったんですね

先生の銅像も、建てないと、いけませんね(⌒∇⌒)ノ"

いえいえ、チャンさんこそ銅像を建ててください

どうぞ~ ・・・ナ~ンテネ(*^_^*)

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